日々、たゆたゆと。

2018年4月24日火曜日

ご褒美のヨーグルトと、朝。絶望しきらずに時間を流す。

私には、手持ちのカードがほとんどないな、と実感する。

だからこそ、できることもあるだろうし、だからこそ、体感することもあるのだろう。
…と思えるからこそ、絶望しきらないんだろう。私はまだこの時間の中を泳ぐ。
でも時々、自分の不甲斐なさを肴に呑んだくれることしか出来ない自分に呆れて、このまま誰とも合うこともなく引きこもったらいいのに、優しさに溢れて手を差し伸べてくれる誰かをさらに呆れさせて、嫌われたらいいのに、とか妄想をする。もしかしたら、優しさに溢れて手を差し伸べてくれる「誰か」はいるかもしれないが、やっぱり嫌われると本当に引きこもりそうなので、妄想だけにとどめておこう。そして仕事をしようと思う。
私が引きこもっても世界は暗闇にならないし、外で裸踊りをしてくれるアメノウズメも来ないのは知っている。


何で、こんな意味の一欠片もないことをむにゃむにゃ書いてるかというと、変な時間に起きてしまったことと、ある投稿のリツイートやら共有やらを見て落ち込んでしまったのである。なぜ落ち込んだかというと、私がそれをやると、意図が透けて見えてあざとく感じるだろうなと思ったからだ。それを素直に躊躇いもなくやっている人がいて、羨ましい気持ちやあざとさを感じたり、そういう気持ちになるのは自分の中に問題があるな、とやっぱり分かったからだ。
他の人は自分のことを自分ほど気にはしてないし、自意識過剰で嫌になる。自分が行動出来ないのを言い訳したり他の人のせいにしたり、本当ダメだなぁ、と思って少し落ち込んで少し泣いてからシャワーを浴びたら、そんなことより、Blogを書かない言い訳ばっかりしていた自分がやっぱり嫌になって、とりあえず書こうと思ったのだ。
前回の投稿から、新しい職場になったことやら、呑んだくれてやっぱり失敗ばっかりしていること、人を呆れさせたので少し大人しくしようと思ったことや、ちょっと旅行と実家に行って整理したり人生の洗濯をしたりして欲が出てきたこととか、専門分野の試験勉強がコツコツ出来ないこととか、やっぱり英語から逃げちゃダメだとか(試験受けたけど散々だった)、色々とあったので書きたいことはある。
前回の投稿を書いていた時期は、
書くことで癒されているのかもしれない、私。
とまで思っていたのに、書くタイミングをこぼしてしまった。数人にはBlogで書いてることいいね、と言われて嬉しかった反面、数人からはBlogについて何も言われないけど心配という言葉で自分が操作されている感覚を感じて、何も言わない(書かない)ことで自分の認知から逃げていたのだと思う。

素直に、自分が思ったことや感じたことからの衝動を行動にしていくことが課題なのだ。自分がしたいことってなんだっけ?と数年考えていたけれど、そんなものは考えても出てこないのは分かった。なら、少しでも何か日々を消費して蓄積していこうと思う。
「手持ちのカードがないことを羨むならカードを増やせばいいじゃない」
と誰かは言うと思う。でも、有用なカードがわからないのだ。増やし方ではなくカードそのものがわからないのだ。人のカードを羨ましいと思えども、そのカードはその人に馴染んでいるのでカードになっているのだ。その人だから切れるカードなのだろう。

では、どうすればいいのか?
少しずつ、自分の気持ちを言語化していることからなのかもしれない。
きっと、おそらく。答えは自分の中にあるのだ。
そんな確信のもと、少しずつ時間を紡いでいけばいいと思う。
「明日早起きできたらご褒美に食べよう」と思って買ったりんごヨーグルトを一週間以上食べる機会が訪れずに、ご褒美とも言い難い変な時間に起きた今日に食べてぐだぐだとこんな記事を書いているのも。
全て、自分の中の問題なのだ。

そう、自分の中の問題。
最近の私の中の小さな変化は、毛嫌いしていた村上春樹氏の小説を手にしたことからも見える。
この回りくどい言葉、一生好きになれないかも!
と、キャッチャー・イン・ザ・ライの冒頭で感じて、数行で読むのやめてしまって以来だ。
初期の長編である、羊をめぐる冒険に手をつけた。面白かった。
「自分の問題」と言う言葉が何度かでてきて、体がキュッとなる。そして、羊男にはいつか夢で会えると感じている。
自分の過去に感じたちょっとした違和感に気づいて、克服する努力をしたり、ありがとうと言って身から距離を離していく時期なのかもしれない。
また、村上春樹氏の本を読んだことについては、何か書きたいと思う。

2018年3月19日月曜日

常識とか。知らないうちに誰かの期待を裏切っている。

始めの書き出しって、何を書いたらいいのか。
「こんにちは」がいいのか「こんばんは」がいいのか。。。
いつも悩む。
そんなことを考えるのに時間を使わなくてよくする為に、季節の言葉だったりという作法というのがあるのだろう、とふと思ったり。常識や作法を身につけていると(オートマティックに出力できると)世の中が生きやすくなるのは確かだろう。



megusunuさんって人の目を気にしないよね、とよく言われる。つまり常識がないよねと言われているのだろう。
会社員生活を他の人のフォローをもらって何とかこなせる程度の常識しか身につけていないので、未だによく常識や作法について怒られる。怒られることは何とかしたいと思ってもらえているからだと解釈しているので、有り難いと思う。怒るのに体力がいるのは知っているから。
しかし、感謝はしつつも怒る人たちの思い通りには行動できず、彼らをやきもきさせる。仕方ない、自分自身でも自分自身とうまく付き合えないのだから。
何でここでこうなっちゃうのだろう、という事がとても多い。自分に絶望するだけでなく自分を許さないと生きていけない。自分を許し難いからこそ、人を許せる体力と余裕は保持したいと思う。


先日、現場の送別会を急遽開いてもらった。私以外は皆忙しく、急遽ということもあり開催は21時からだった。送別会会場の近くの喫茶店で一人0次会をして、早く行き過ぎても周りが気を使うだろうと5分前に行ったら誰も来てなくってそれから10分ちょっと待った。これで誰も来なかったら笑うな、と思った。でも、誰も来なかったら来なかったでネタになるな、何て思っていたら、先行組が来た。「主賓を待たせてごめんね」と言われながら「いやー、一瞬来なかったらどうしようかと思ったんですよー。来なかったら流石に泣いちゃいますよね!」とかへらへらやり取りをする。自分の扱いが軽いな、と思いつつ、その方が楽だらそうなっているのだろうとも思う。うまく不機嫌になる方法が見つからない。
その後のやり取りも全てが軽かった。主賓ということで持ち上げられてはいるけど、体のいいモルモットだ。最後だから、とおもちゃにされる。ノリと雰囲気に流される。楽しい、けど残らない会話。その中で、最後だからとわざわざ別件を切り上げて来てくれた方もいて感謝に尽きる。「megusunuさんにはミーティングでフォローしてもらったからなんとか顔はだしたくって」と言ってくれて日々の中で少しは出来ていたことがあって、それが人の役に立ったみたいで嬉しくなる。送別会で軽口ばかり叩いていたリーダーも「megusunuさんにはよくやってもらった、いてくれたからなんとかなった」とか言ってくれて、もうこれからこの人たちと当分仕事する機会はないんだな、と実感する。余韻に浸っていると「けどmegusunuさん、余裕ができるとオフモードになってうとうとしたり遅刻したりするからなぁ、オンオフが激しすぎ、次の現場でそういうところが心配。期待かけてたのになぁ」とぼやかれた。自分でも心配だ、自分自身をうまく扱える自信は全くない。

出来ることと出来ないこと、出来る時と出来ない時の差が激しいのだ。
大抵の人がコミュニティや職場の中でこなしている常識や作法をうまく取り扱えないことから「アウトプットの品質の差が激しい人」「アンバランスな人」という印象を周りは持っているのだと思う。
だからこそ出来ることもあるのだろうけど、バランスを保って行動できるように苦手な所にももう少しは向きあいたい。年明けから意識はしてみて、少しは安定してきた気はする。では、それを意識したところで「あなたは楽しいですか?」「やりやすくなりましたか?」と言われるとモニョってしまう。足踏みして踏みとどまっている感覚が、少しある。


常識や作法というのは、人が生きていく上での知恵なんだな、と思う。
本質のことを考えたり、行動したりする時間に多くを費やせるように、その他生きていく上でこなさなくてはいけない雑多なことを、常識や作法というものに押し込めていったのだろう。
こうやれば人をいたずらに不快ににさせないとか、そもそもその常識や作法を知っている同士ですよね、とどういう背景や文脈を持っている者かを判断するのに使ってきたのだろう。そういう意味で不作法なことをしたりすると、プロトコル違反をしたとして、その場から排斥されるのはわからないでもない。コミュニケーションを取るべき相手ではないと判断されてしまうのであろう。
常識や作法を扱える事が、人との関係の上でとても低コストな手段だとは頭で理解できる。それを守りたいとも思うし、守る努力は続けたいと思う。そして、守れれば私の周りの面倒なことの大半は無くなるのだとも思う。
先日の飲み会やその他で小言をいうリーダーも、私のアウトプットに助かっている部分はあるけど、身内として一緒にずっとやっていきたいかと言われるとNOらしい。オン状態の強烈にアウトプット出せる時は頼りになるが、身内には安定した人を置きたい。なんでそんな簡単なことがいつも出来ないの?やる気ないの?とやきもきさせるとも。

常識や作法を取り扱う彼らの期待を知らず知らずのうちに裏切り、やきもきさせている。ここ最近でその事実には気づけた。
さて、ではこれからどうしようか。

やきもきさせた人たちに感謝しつつ、必要最低限の常識と作法を身につけて、自分のやるべきことをこなして行くしかないのかもしれない。
その人たちの評価を回復させることは出来ないと思う。それよりは、私がより楽しく生活できる方法を模索する方が有意義かもしれない。
期待をかけてくれてありがとう、そして応えられなくてごめんね。

2018年3月14日水曜日

健康診断に行って思ったこと。死者の時が止まっているのを感じるのは私は止まっていないからなのだろう。

健康診断に行ってきて、思った事などをつらつらと。


健康診断に行ってきた。
午後からの健診だったので、朝起きるまでは飲食に関して何も気にしなくて良かった。先週末アルコールで派手にやらかしたのでアルコールを飲まないのも苦ではなかったし、本当に何も気にしなかった。午後からの検診っていいな、と思っていたのだが、朝から何も食べずに午前の仕事をするのは多少きつかった。
私は、朝ごはんをきっちり食べるほうではないので大丈夫だろうと思っていたのだが、出社してからコーヒーが飲めないとかが思った以上にきつい。コーヒーといってもいつもブラックなのでカロリーはないし何も変わらないだろうと思っていたのだけど、そんなことはなく、カフェインで眠気を飛ばしていたんだなぁと気付く。あと、なんやかんや現場には差し入れのお菓子とかがあり、無意識に手を付けていたんだろうなぁ。昼をコーヒーでつないでとかで、とかもしょっちゅうしている気がしていたので、昼抜くくらい問題ないだろうと思っていたのだけど無意識になんか口にしていたのだ。そら体重減らんわ、と再認識。無意識に食べるくらいならきちんと食べたほうが体にもいいんだろうな、とも思う。結局、何がきついかって大したことではなくっても「禁止」されることなのだろう。無意識の行動を自戒する。

当初、会社負担+αで人間ドックにかかれる年齢になったので、人間ドックにかかろうと思っていたのだが、バリウムを飲みたくないとか、いつ受けに行こうとか、現場とどう調整しようとかを悩んでいるうちに退職の時期が迫ってきてしまった。結局、人間ドックはあきらめて、健康診断とオプションでいくつかの検査を受けることにした。

総合健診センターは、ロッカールームとカルテが紐づけられていた。ロッカールームのカギのバーコードを読み取ってから検査を受ける仕組みで、検査の間違いがない仕組みになっていた。また、各検査の待ち時間もシステムで管理されていて、待ち行列としてシステムで管理されているようだが、運用は多少アナログな感じで「勘」も使って運用しているのではないかという気がした。こっちの検査に並んでたけど、あっちの検査が空きそうなのでと言われて並びなおしし、そのあとやっぱり進まないので先にこの検査を先にしましょう、とか。考えてみると問診とか質問の多い人もいれば少ない人もいるだろうし人の状態によって検査時間もまちまちなのだから、その運用で正しい気もしてくる。
そんな感じだったので、思ってたほどではないにしろそれなりに待ち時間があった。本を用意していたのだけど、周りを見るとぼーっとしたり、備え付けの雑誌を読んでいたりしていたので、わざわざ準備してこないほうがよかったな、と思った。自分が自主的に手にしないものを手にした方がきっと面白い気がする。

備え付けの雑誌を読むのも癪だったので持ってきた本を多少は読んだが、ほぼほぼ、ぼーっとして過した。
いつもぼーっとはしているので「自主的に手にしないもの」では決してないが、この空間でぼーっとするのは滅多にないだろう。というか、頻度が高くなるのは嫌だ。

ぼーっとしながら、先ほどの採血を思い出す。
いつものように「採血で気分が悪くなったことはありませんか?」と聞かれた。
いつも、私は笑って間を少しごまかしてから「あります」と答えた。

私は、採血が苦手なのだと思う。

固太りで血管が細く(特に冬!)、血管が出る場所がひじの内側の中央でなく側面で、少し痛みがでやすいところらしい。採血に不向きな体なのだろう。実際に、大学生の時に献血センターに行ったとき、献血前の採血で、比較的血管が出やすい左腕を献血用に取っておくため右腕で採血しようとしたらうまく血管に刺せなかった。見てしまうと緊張するのでいつもは刺すところを見ないのだけど、さすがに気になってしまった。ちょうど刺した針で血管を探っているところだった。さーっと青ざめてしまい気が付いたらベッドにいた。それから一度は献血にチャレンジしてみたけど、冬だったのもあり血管が細くなっているからやめましょう、と断られた。
「血を抜こうとすると人に迷惑がかかる」とその時のことを思い出し、看護師さんの定型の質問に笑って間をごまかしてしまう癖がついてしまった。会社での集合健診の時に安全のためにベッドで採血してもらったのだが、それを見ていた同期に何気なく言われたことも芋づる式に思い出してしまう。

清潔な健診センターで非日常な空間だったのと、こんな風にゆったりした時間を過ごせるのもいいなぁとぼーっとしながら思っていたのだが、体が悪くなって、毎日採血をする生活になるのは嫌だな、と思いなおした。

そう思った瞬間、母のことを強烈に思い出した。
思い出したことを契機に、そういえば彼女は何歳で亡くなったのだろう、とかの質問まで浮かんでしまう。

情報整理の結果、彼女は今の私と同じくらいの歳から入退院を繰り返していたんだ。と分かった。
幼いころは認識してなかったけど(大人のものはなんだってでかい!)、大人になって家を改装するときにクローゼットの奥底から出てきた母の靴は、とても小さかった。私も母親ほどではないが足は小さいほうなので、体質も似てたんじゃないかとか思ってしまう。彼女は毎日のように腕に針を刺され採血をしていたんじゃないかと想像してぞっとした。それ以上の痛い思いをいっぱいしたのだろうから、採血なんて大したことではないのかもしれない。けれども。。。
想像できない痛みより、想像できる痛みの方がより現実的で、それを思うと、少しばかりは体に気を使ってもいいな、と思えた。

正式な結果は出てないけども、オプションで付けた検査を受けての問診で知りたくないことも知ってしまった。緊急性はほぼほぼない状態だけど念のため、とのことでもう少し検査しなさいとのことだった。
あーーー、また病院行かないといけないのか嫌だなー、知らなければ緊急性はないけど検査しろと言われることもなかったのだからオプション付けなければよかったのではないか、と思ったことを反省した。

そして、私自身が私自身の検査結果について聞けている今の時代を、素直に喜んだ。
この歳になっていまだに実家に頼ることもあったり、まだまだ一人前ではないけど、一人身になって、一度は家を出たのだから自己完結しなきゃな、とは思っていると、むりだなー、一人でなんて生きていけないなー。と、今の時代の、現実のハードさを呪うことも多々あるけども。
母は、彼女は。。。
自分の病名を死ぬまで知らなかったのだから、それを思うと今の時代の方がよりよいと思う。

それと。
3時間くらいを健診センターで過ごして。全員女性の空間(おそらく!)で過ごして。サバサバしてファンキーな女医さんと話したり(だって、婦人科の先生なんて、まあ、気になるのは仕方ないけど、私ならこれくらい気にしないけどね!とか言い切っちゃってて、話していて大変気持ち良かった)、女性として今生きるのは結構イージーで楽しいんじゃないか、と思ったり。私自身も大した事はないけど要検査となるはずの問診結果とかも、ニコニコと「そっかー」くらいの気持ちで聞けた事とかも。私が私でよかったな、と改めて。
うまく言葉にできないけど、何にも持たない自分が結構好きだと思った。もうちょっといたわってあげても良いかもしれない。

彼女が元気だったのは私の歳までか、とか思うとちょっとキュッとなる。

彼女へ。
私はあなたとコミュニケーションを取るのが苦手だったけど、きっと好きだったよ。
数年前まで嫌いと公言しててごめんね。だって、あなたも私のこと苦手だったでしょう。それは仕方がないこと。
あなたの大好きだったけんちゃんは、あなたの遺言を守らずに独り身を通したよ。ところどころ彼女はいたっぽいけどね。
あなたも元気で。幸せな時を過ごせますように。

2018年3月12日月曜日

続けてみようと思うこと。祈りに似た気持ちを伴って。

立ち止まったら書けなくなっちゃいそうで。
慣性で書けるようになるか「あ、ちょっと立ち止まってもいいかな、また、少ししたら書きだせるから」って状態になるまで、私の苦手な続けることをしてみようと思っています。続くかどうかはわかんないけど、現時点での希望として!

みなさん、こんにちは。

苦手なことをすること、続けることを「努力」っていうと少し違う気がしていて、なので努力って言葉を使わなかったのですが、なんで努力って言葉を避けたのかな、はすこし書いておこうと思います。
昨日の記事から引き続き、Blogを再び書き始めようとした気持ちについても。

今まで私は、なんかダメな時こそ、凹んだ時こそ「努力している」という状態を担保に入れて自分を甘やかしたり、努力していると何かと他のダメな事が許される気がして、結果を生まない努力を意固地になってやっている事が多かった気がします。今ももしかしたらそうかも知れないのですが、少しは違う気がしています。自分を甘やかす、というよりは拙くとも言葉にしておく事で、浮き沈みの多い自分自身を「しゃあないね」と許せる気が将来くる気がしている、なんか「祈り」のような気持ちがある気がしています。

「祈り」という言葉についてですが、一昨年ぐらいから今にかけて、祈りって大事だな、とたまにTwitterとかFacebookとかで言っていました。
こういう言葉が出てくる時って、なんやかんや自身を内省している時なのかも知れません。外のどなたかに向かって言っているのではなくって、間違いなく自分自身に言っている。人と話してついつい自分語りをしている自分に気づくときが最近何度かあったのですが、最近の自分語りって、その人に「自分をもっと知ってくれよこのやろう」という若かりし頃の餓えや渇きを伴うような乱暴な暴力的な気持ちはほとんどなくって、自分自身を内省するためな気がしています。いまだに自分探しをしているなんてとってもかっこ悪くて、自分語りをしているなと気付いたときは、付き合ってくれた人に「ほんとごめん!」って後から心の中で言っていたりします。そういう時、祈りのような思いが出てくる。ああ、この感覚がいつか伝わりますように、いつか救われますように。と。

ちょっと唐突な話に聞こえるかもしれませんが、「祈り」っていうキーワードを抱えている最中しいたけ占いを知り、独特の語り口調の星座占いがいいな、と思って、しいたけさんのブログTwitterなんかをフォローするようになりました。もちろん、商業用に書いている部分もあるとは思います。あるとは思うのですが、私の感性的には、「祈り」の成分が多くって、ぐっと彼の文章に惹かれたわけです。
ああ、こんな風にのびのびと祈りを伴った文章を書きたいな、と。
占いの形をとってはいるけど、これは祈りの文章だ、と。

でも、でもですね、人に「しいたけ占いにはまっている」といえない日々が続きました。
いうのも、またそういう占いなんていう不確かなものに心を奪われているのか、時間は有限なんだよ、と叱られたり心配される気がしてたわけです。

去年の年末に意を決して「私はしいたけ占いが好きである」という話をおずおずと飲み会の席でしたのですが、そうしたら気持ちが楽になったんですね。
ああ、自分の好きなものを言っていいんだ、好きなものを語ることでだれからも批判されないんだ、よかった。って。
たまたま、お話しした方がしいたけ占いを知っていて、ちょっと盛り上がったこともあり、更に気が大きくなりました。
で、やっぱり文章書きたいな、とふつふつと思っていました。
しかしながら、年末の締めくくりにBlogを書こう、年始の挨拶にBlogを書こう、誕生日を迎えた折にBlogを書こう。。。という風に、時は流れていき、タイミングを逸しました。

また、このパターンか。

と思ったときに、Twitterの共有で佐々木ののかさんの文章が流れてきました。
がつん、ときました。
こんな媚びない、刹那的だけど、なんか世界が少し変わるような祈りの文章があるんだ、と。

しいたけさんや佐々木ののかさんのような文章が書けることはないかもしれないけど、誰かに伝えるわけでもなく、けど、伝わるかもしれない場所で、文章を書きたい、と。

そんなわけで、ちょっとずつ気持ちを文章にして行きたいと思います。

1年と3か月更新していなかったBlogを続けざまに更新する様子は、スイッチが入ると「うわーーーっ!」とわちゃわちゃと勢いでやっちゃう癖も出ている気も。
けど、今回は、わちゃわちゃと勢いでやると続かない気がしているので、今回は少しでも冷静に、じわじわっと。。。

写真は、妹が年末にくれる干支の置き飾り。
どう見ても戌というより猫に近い気がする。
なんか、でも、ほっこりするんですよね。
猫ちゃうで戌やで。誰が何言おうと戌なんや。
と言っているようで。。。



祈りを込めて。

2018年3月11日日曜日

自分の感情の慣性と摩擦力と。動き出しさえすればどこかに行けるのかもしれない。

お久し振りです。
一年以上も、Blogを更新していないんですね。
というわけで、久しぶりの更新です。

久しぶりに何を書こうかなと前回の投稿を見ると、本をいっぱい買ったり、Blogをなかなか更新出来ていなかったという話で、成長しねーな、どうしよーもねーな、私。と、クスッと笑ってしまいました。
実は、この2017年の年末も「本全然読んでないし買っていないなー」と、転職エージェントとの面談の帰りに、中規模の本屋さんの前を通ったので思いつくままに本を買ってしまったのでした。
「何かをスタートするとき」に本屋に寄る(で、大抵、本を買うだけで満足する)癖があるのだなぁ、と改めて。


閑話休題。
成長しない私は、去年と同じ様に、なぜBlogを放置していたのか、なぜまた書こうとしだしたのか、なんていうお話w。
もちろん、もっと違う具体的な事を書きたいと思ってBlogの更新に手をつけているのですが、気持ちがあり余っちゃっている状態でして。長らく放置していたBlogに手をつけようと思ったときに、しょうもない文章でもその気持ちを言葉にしておかないと、うまく扱えない気がしているのです。
少しの間、お付き合いいただければ幸いです。

しゃあーねーなぁ。
と、ぼやいているあなたが私は大好きです!!!

Blogを放置している間の、約1年と3ヶ月、書きたいな、と思うことはいっぱいありました。
この、いっぱいは定性的なものではなく、私は「一冊のノートに何でも書く」という事をしていて、去年一年のノートを振り返ると「Blogを更新する」というTODOが少なくとも10箇所以上のページに書かれていました。
書いて整理したい、つまり、書く事で切り離したいことや書くことで改めて客観的にその物事を見つめ直したい、ということがそれなりにあったのだと思います。

Blogを書きたいと思う気持ちはあれど、実行に移せなかったのか。
と考えると、
単に怠け者だから、口だけだから。
というのは当然あると思います。
しかしながら、文章を書きたいと思っているからこそ、どう書こうか、良い文章を書きたいなとか、と変に考えてしまって、純粋に行動することが出来なくなっていた事の方が大きいと感じます。
モチベーションがなかった訳でもないんですけど、考えて考えて、書くタイミングを逸して、タイミングがズレたのでいいや、となっていた感じ。
何事も「旬」というものはあるので、タイミングを逸するとわざわざ書くのもな、と思ってしまい、書くという事を止めている状態からタイミングという外的力をうまく与えられず、書かないというか書けないという時間を過ごしていた気がします。

そして、どんどん自分の中だけで、気持ちが重くなり、摩擦力をあげていく。

動きたい、動きたくない。
書きたい、書きたくない。

そこらへんがぐるぐる回って、行きつくところまでいって。


そんなんどうでもいいやん、書きたいんでしょ、書けばいいやん。


と感じるように。
別に、いい文章でなくってもいいやん、と。

去年から少し変わった感覚をあげると、
自分のために文章を書きたいな。
と言葉に出せるようになった事です。
今、自分の力で転がってる、というところまではいけてないかもですが、
最近、私の周辺の環境もやっと落ち着いてきて、少しは自分で選択して時間を過ごせるようになってきました。
自分って捨てたものではないな、とか、自分はわりかしかわいいヤツなんではないか、とか思えたりするくらいには自分に向き合っています。
今から思うと、ちょっと前の私は、人のため、とか、仕事のため、と、斜に構えて自分や自分の身の回りをほっぽって自暴自棄に過ごした気もします。自分から逃げて自分と向かいあわずに、他人の時間に投資していた気がします。つまり、自分のことを考えたくないから、自分のことを考えなくても良い言い訳ができる環境を無意識に選択していたのかもしれない、とも。


とまあ、こんな風に、ちょっとずつ自分のために何かしたいな、という気持ちが高まってきたので、溜まっていた事を文章にしていきたいな、と思っています。
ちょっと面倒くさいとは思いますが、お付き合い頂ければ幸いです。

年末に買った本の写真見てると、そういえば、斜め読みはしてたこんまりさんの本とかも買ってたんだ、と微笑ましい。(まだ手をつけていない)
年始を迎えるにあたって部屋を片付けたかったのね。。。(棒
はよ、服も本も書類も気持ちも。整理・整頓しよう。

2016年12月29日木曜日

幸せで不幸せな世界にいる私。そして、思いつくままに本を買ってみた。

ご無沙汰しております。

なんやかんやと書きたいネタはいっぱいあった気がするし、実際、思案もしていたのですが、どうまとめようとか、どのタイミングで出すのがいいかな、とか考えながらぽやぽやしているうちにタイミングを逸したりと、書くまでの行動を取るまでに至らず、いつの間にかこんな時期になってしまいました。

やあやあ、もう年末です。すぐそこに2017年ががが!!!
さて、皆さまはいかがお過ごしでしょうか?こんばんは。


なんで書かなかったのだろう?

タイミングを逸してしまったネタは、書く機会が見つかれば書くとして…(※1)。
なかなか書く行動に至らなかった結果を振り返るとですね、これ書きたいな、どう書こうかな、とか考えている瞬間が一番楽しい時(※2)でそれだけで満足していたのだろうな、と。
脳内で考えている文章の出来は大変よくて、自分の能力は青天井で万能感に満ち溢れている状態。アウトプットがないからがっかりもしなくていいし。なんて、幸せな世界。
書くのには少しばかり体力と時間が必要で、その対価を支払わず、ぎゃー時間がないとか言い訳ばっかりして、脳内だけでぬくぬくと過ごしてしまった結果が今。なんて、不幸せな世界。
今回ブログを書くにあたり、昔の私はどんな文章を書いてたんだろうなと思って読んでみたところ、割りとポジティブな感情で読めました。つまり、文章を書く能力は昔の私の方があったのだろうなということでちょっと辛いです。やっぱり、日々精進。
自己満足の域を中々越えれないですが、やはり、文章は書いていきたいです。


なんで読まなかったのだろう?

文章を書かなかったのと同じく、最近、本を読んでいないことに気づいたり。
現場の大掃除での書架の埃払いや、段ボールに入ったままの本を取り出す時に本を手にして、あ、本ってこんな感じだ、とか、あ、タイトルを知ってる(※3)本だ、とか、なんとも楽しい気分になったのを不思議に思っていたのだけど、そうか、本を自主的に読んでいないし自主的に触っていなかったんだんだな、と。
決して、本に触れていなかったわけでもないのですが、こちらも、文章を書くこと同様、読まなきゃと思った本をカバンに何冊か突っ込むだけで満足していたらしいです。
眠たいだの何だのと、今日はいいっか、と(※4)読まずにずっとカバンに入れられていた本は何というか罪悪感の塊になって、ずーん、と心を重くしていました。これはイカン。


そういえば、新しい本に出会っていない。

本を新しく買っていないことに気づき、よくよく思い返すと、東京の本屋って知らないかも、と、ふと。
なんでだろう、と振り返ってみると、関西に比べて手近に微妙に本屋がない気がしていたり。それはおそらく、単に勝手がわからないだけでわかろうと街を歩いてないからかもしれません。出不精でウィンドウショッピングとかブラブラとかができない私は、結局、東京の本屋さんの位置を知らないのです。
買おうと決めた本がある時は、やっぱりAmazon(※5)が便利ですしね。
そんなことを思いながらコーヒーを片手に歩いていると、大型ではないけど、決して、漫画本と文庫本と雑誌以外置いてません、というような本屋ではない本屋を発見!!
気持ち悪くて飲めず冷めてしまったコーヒーを一気に飲み、咳き込みながら(※6)本屋へ。
今日は、好きにするべし!!と脳内から指令が出たので、久しぶりに思いつくままに本を買いました!!

なんでこれを選んだのかまったく分からない、思いつきでバラバラなラインナップですが、やあ、やあ。満足。やはり、本を選ぶのは楽しい!


おまけ。

なぜか、本を手にしてから妙にやる気になり、こんな夜中にblogを書く契機に。
blog書くのに際し、こうしなきゃ!!と、思いすぎていたのかもしれません。
何も考えずに行動するのは良くないと、最近学びましたが、blogを書く行為に関しては、頭の中で悶々として何も出力しないより、とりあえずPCに向かって書いてみるという行動をしてみるのがいいのかもしれません。
あーあ。早くやればよかった。
そして、本に感謝。


以下、買った本たち。
年末年始に読んだり手を動かそうと思います😋
(しかし、本をペラペラもせず買ってしまったので、Amazonみると失敗したかなーと思う本もちらほらw)





※1: 書けたら、イイナ!
※2: 大抵、帰宅途中の帰り道にニヤニヤしながら考えている。端から見たらただの変態。
※3: つまり、過去の私が気になっていたはずの本なのだろう。
※4: 筋トレにすらならない、肩こりになるだけ…。
※5: Amazonすら、最近使った記憶がなく…とほー。
※6: コーヒー好きだけど、時々、コーヒーを飲むと一日中喉が痒く咳き込む病。

2016年5月20日金曜日

Scratch Day in Tokyo 2016のブースお手伝いに参加します!

みなさま、明日5/21の予定はお決まりでしょうか?

ワタクシmegusunuは、大阪にいた時に知り合った方が、明日5/21に開催される、Scratch Day 2016 in Tokyo に関西から遠征していらっしゃると知り、お手伝いに行ってきますー(∩´∀`)∩

Scratchは、子供やプログラム初心者向けにビジュアル化されたプログラミングツールです。
ブロックを組み立てるようにマウスのドラッグ&ドロップで動作や音のブロックを組んで、さらに繰り返しなどの制御ブロックで挟んだりしてアニメーションを作ります!



ブラウザからでも、ソフトをDLしてもできます!!
(ブラウザはflash playerが入ってないとできないと思いますが。。。)

私は西宮Dojoのブースにいます!
実は、今回出すブースの中の仕掛けは全然知らないので、参加者の方と一緒に感動したりワクワクしたりして楽しみたいと思っています。


もし、週末の予定が決まっていないのなら、親子で、カップルで、1人で。
如何ですか?

やっと重たい腰をあげてVPSに手をだしました!

ご無沙汰しておりました。megusunuです。
前回の投稿から約1年が経ちました。どんだけ放置してるねん、私。。。

自分の環境も随分変わり、ちょっとずつやる気、みたいなものが出てきました。
あ、いえいえ。
前がやる気がなかったわけでは決してないとは思いますが。。。
やらなきゃとかやろうと思って出来ずに積まれてしまった山を目の前にして逃亡するかしないか悩み立ちすくんでいたのを、思い切ってやらないことにして、サクッと環境変えて再出発してみました。
身軽ってすばらしー(∩´∀`)∩

なお、関係した方には所々ご迷惑をおかけしました。
立つ鳥跡を濁さずですが、濁しまくりました。
次に会う時に会いにくい、までではないんですが、会うことがきっとあると思うんですが、その時は幾多の悶絶を超えないと踏ん切りがつかないと思われます。
ああ、その時は恨み節を言ってくれたら助かるのになぁ。。。(←自分本位)

閑話休題。

さて。
やっとこさ重い腰を上げて、色々とお話も聞いて環境も変わってやる気になってきたこともあり、Apacheとかセキュリティとかよくわからないし、Webとは全く恐ろしいものだ!!と、かのイソップ童話のすっぱい葡萄と思い込んで、手をつけたくても手をつけれていなかったVPSに手を出してみました!

さくらのVPS
簡単な感想としては、噂には聞いていましたが、この価格にワンクリックで手に入るとか。。。素晴らしすぎる。
ひとまず1GB、2core、30GBのプランに。
二週間ほどお試し期間があるんですが、きっと、多分。解約時期忘れて更新しちゃうんだろうな。。。
触ってみて、もっとしたいことが増えたり、ロースペックでもいける、と思ったらこの期間に乗り換えたいわけだけど、うぬぬぬ。
絶対乗り換え失敗しそうだ。


久しぶりのLinuxすぎて、サーバ起動してからすぐsshでログインして接続できなかったよーと言われて頭が混乱する。
なんでや、とWebコンソールで見るとこんな画面。

あ、アップデート中か、と思ったものの久しぶりすぎて自信がない小心者。ググりましたよ、ええ。
とりあえず、初期起動時はRPMをガサッとアップデートするらしいことがわかり、固まっているのではないことがわかりました。
 ほっ。

そして、こんな引っかかりも。
一般ユーザからスーパーユーザになろうと必死にloginコマンドを打つ私。

ログインできん。
なんでや、パスワード忘れた???まさか。。。
おそるおそる、ログアウトしてログインすると入れる。

ん?はっΣ

suコマンドやん。。。
久しぶりとはいえ、お間抜けすぎる。
ひとまず、sshポートだけ開けて初期設定完了!!
あかん、勘を取り戻さないと。。。

さくらのVPSで説明されている初期設定通りにしただけなんかサーバ管理者になった気分。
slack botやDBやらで遊びたいと思いまーす(`_´)ゞ


2015年8月24日月曜日

地蔵盆の残り香を追いかけて

おはようございます。

どうも、やる気が出ない日々で、やりたいなーと思っているものをやれない日常に至っております。
シンクが溢れているのだけはどうかしなきゃな、と思いつつ今朝放置してきました。
仕事の方にも迷惑かけつつ、土日お約束していた方(会社の勉強会?)も休んだりして、うーーーん。という感じです。
とはいえ、休んだおかげでどこらへんが調子悪いかもわかってきました。

結局、日々惰性で生きすぎなんだろうなーというところ。

頭は考えるためにある、体は動くためにある。

全てやろうとしないでちょっとずつ滞っている何か(血流かもしれない)を流していこうととおもいます。

・地元の地蔵盆を覗きに。

さて、関西地方以外の人には馴染みがないようなのですが、
本日、8/24は地蔵盆ですね。

一昨日(8/22)あたりから、私が所属しているIngressコミュニティ の様々なハングアウトから「地蔵盆」という言葉が漏れ出して、ワクワク。
体調が悪くて(というか気持ちが萎えてて)家で引きこもっていた私。
さすがにご飯食べるにしても家に出ないといけないなと出る機会をうかがっていたところ「地蔵盆」のキーワードをみつけて、
これだ!!!
と、外に出る決心を。

とはいえ、夜の8:00頃でしたのでもうさすがにやっていないのですが、残り香を、と。

近くのお地蔵さんを見に行くと、あららら。
8/24まである地蔵盆のため、市場のなかにひっこんでしまっていらっしゃる。
さす場に時間が時間ですので、市場の中は覗けず。残念。



うーーん。と他のお地蔵さんも観に行くことに。

あ、そうだ。

と、せっかくなので、すでにクリアしてしまっていますが、地元の地蔵ミッションをすることに。
メダル並べてニマニマする人なので、形が崩れるのは嫌だったのですが、
このメダル自体もまた近いうちに並べたいなーとは思っていたので、まあよし。
そして、近くのミッションなので、気になるようならまたやればいい。
・・・と言うことで、実施。
地蔵盆の準備をされていたお地蔵さんも、そうじゃないお地蔵さんも綺麗に祀られておりました。
児童館?の横には地蔵盆へ寄付した人の一覧が貼ってあったりと、地域の人に支えられているのだなーと改めて。






おまけに。
お地蔵さんの脇に、守るようにいらっしゃったぬこ様も。
私を訝しげに見つめておりました(´・_・`)




関西には、地蔵さん巡りミッションがこんなにありますよ!
ぜひ、今日は、おチビちゃんつれてミッションついでに地蔵盆でもどうですか?

<地蔵メダルミッションシリーズ>
茨木市駅周辺のお地蔵さんにお供えを
高槻市駅周辺のお地蔵さんにお供えを
京橋駅周辺のお地蔵さんにお供えを
梅田駅・大阪駅周辺のお地蔵さんにお供えを
淡路駅周辺のお地蔵さんにお供えを
河原町駅周辺のお地蔵さんにお供えを
祇園・清水周辺のお地蔵さんにお供えを
四条烏丸周辺のお地蔵さんにお供えを
なんば駅周辺のお地蔵さんにお供えを
十三駅周辺のお地蔵さんにお供えを
JR高槻駅周辺のお地蔵さんにお供えを
京都駅八条口周辺のお地蔵さんにお供えを

はい。
きちんと手を合わせてHackして、ご近所のお地蔵さんと遊んできましたよー。
お顔を見せていただいたの、初めてのお地蔵さんもいらしゃってほっこり。
メダルはまた並べ替えますー(`_´)ゞ



・おまけ:そういえば、地蔵からだった。

お地蔵さんを回っていてふと気づく。
私、この地域が大っ嫌いだったんだ、と。
Ingressをし始めてからも特に、

なんでこんな迷宮みたいな土地!なんでこんな真っ暗な土地!!なんでこんな人気のない道!!!

とイヤイヤ回っていた記憶があります。
それでも、早くLVあげたいし、はやくやること増やしたいし。と夜さまよっていた記憶があります。
で、そんな中、病院の横の延命地蔵さんに花が手向けられているのをみつけたり、こども病院の前の大きな光るあひるなどをみつけ、ああ。
と思ったわけです。

ここに住んでいる人は、きちんとこの土地を愛している。

と。

そういえば、Ingressし始めて、ポータルを知り、土地を知り。
住んでいる人を知って、一緒に飲めるようにまでなったわけなのです。

地蔵さんを巡っていたことをハングアウトで伝えると、
地元の話を聞かせてくれるエージェントさんも。
京都の北部の方では、チョークでお化粧までしていたようです。
お化粧しているお地蔵さん観てみたい。

Ingressを通じて、土地と人を知り、まだまだ知らない世界を気づき、そして自分の世界に戻ってジレンマを味淡い、また、外の世界に目を向ける。
足を使って外に出て、外を見る。

本当に遊ばせて頂いてるなーと思う。

移動することは文化が生まれることだし、移動することは生産(同時に消費)することだし、そういう意味でビジネスの話も理解できるし、スタートアップで消費していた企画ですので、NIAが独立することも含め、ビジネスとして成立するのは大いに喜ばしいことですね。
地方の自治体と仲良くなって、NIAとして色々したいのもなんとなくわかるし、よいことだとおもいます。
でも、自分がそうであるかのように移動するだけではダメで、Ingressは何かに気づくためのツールでしかないのだと思います。
そういう意味で、Ingressは単にサービスであって、魔法の杖ではないと思っています。

これからも、このツールをつかって、いろいろと動き回ってみたいと思っています!!

2015年7月25日土曜日

6/20に仙台(Persepolis)に行ってきました!

今更ですが。。。
1ヶ月ちょっと前、仙台に行ってきました。
6/20!土曜日!!!仙台!!!!
はい、Ingressというオンラインゲームの世界戦(アノマリー)、Persepolis(ペルセポリス)に参加するために大阪からはるばる行ってきました!!

前日休みが取れるか分からなかったため、6/19(金)の夜行で京都から仙台に10時間以上かけて高速バスで向かい、帰りは休みがとれたら月曜日、休みがとれなければ日曜日に帰ろう、という予定を東北アノマリー(Persepolis)が発表された早々(4月始め?)に勢いで決めました。


せっかく遠征するので!!!
…ってことで、あーでもない、こーでもない、と準備やら計画やらを練り、当初は歩きでぶらぶらと参加しようと考えていたのに、最終的に周りの献身的な助力と悪魔の誘惑?のおかげで自転車まで持ち込んじゃう始末。


はい。
いろいろな人がすでにレポートをあげているので、さらっと自分が体験したことを…。

・行きの高速バス内に財布を忘れてしまう。
・一緒に回る方(相方)に事情を話して泣きつく。…が、「時間が優先!何としてでもオープニング会場に来い!お金はなんとでもなる」と言われる。
・半泣きで無銭でタクシーに乗車し(もちろん、理由は言うが)オープニング会場に移動(会場で合流した相方に立て替えていただきました。多謝)。
・伊藤園さんのお茶(緑)をもらう。パケットももらう。

・自転車のタイヤに空気入れている時に、空気入れる軸(金具)を折ってしまい、相方にブーブー言われながらチューブ交換していただく(多謝)。
・財布がない(お金を持たない)まま、知らない土地(仙台市内)を走り回る。伊藤園さんのお茶がなかったら熱中症で詰んでました!多謝!!!
・第1メジャメント直前の青さんのスーパーノヴァ、それを阻止するための緑の大きな三角、私自身はスーパーノヴァ切りに勤しむ。第2メジャメントでの突然の土砂降り。やばい、スキャナーのボタンが押せない!!!どんどん濃くなる緑のフィールドに歓喜しつつ道がみえないよー!!と困惑しながら、第3、第4メジャメントを終える。楽しかったー!!
・アフターパーティ参加。伊藤園さんの協賛映像に歓喜の舞!災害 対応自販機をポータルとか社会実験的すぎる!!素敵><
・Enlightend勝利!!(とりあえず仙台アノマリー終えた時点での)のアナウンスに歓喜。このために来たのですよぉぉぉ。
・牛タンで打ち上げ!!!飲む!食う!!!やっと仙台に来た気がする。

・2次会、3次会…と、朝7:00まで飲む。おねむ。mission dayやばい。
・女川は諦めて、昼から石巻に。mission9個揃えたい!!と思いつつ、タイムリミットを考え、3つのみ。同じ場所に何回か行かねばならず、ちょっと大変でした><

・・・と、まあ。こうやって振り返ると、財布紛失にパンクに、色々とトラブルに見舞われた気がしますが(自業自得?)、周りにいた皆様の助力でですねーーー。。。
私が一番楽しんだぜ!!!ってくらい、 楽しんできました!!!
ありがとうございます!!!なんとかなるもんだ。私はツイているなー、本当に。


この前の3/28の京都でのアノマリー(証人)については当ブログの記事にも触れましたが、京都アノマリー(証人)のアフターパーティでのJhon Hanke氏の「また、冬に日本で!」という言葉を信じ、
『次のアノマリー、例えどこでもいきますね!』
と打ち上げでついうっかり宣言してしまったおかげ(?)で、仙台まで来ることに。
京都アノマリー(証人)での出会いや経験が契機となり3ヶ月の間に私自身もコミュニティに積極的に関わったおかげで、
「あ、この人があの人なんだ!!!(やっと実物に会えた!)」
「わーーー!!来ていたんですね!!!この前の京都ではどうも〜」
な、会話をオープニングセレモニーやアフターパーティで交わすことができ、自分のスタンスが3ヶ月でここまで変わるんだ、となんとも感慨深いです。

これだけ遊ばせていただくと、Niantic LabsのJohn Hanke氏のミッションである ”Adventures on foot”をまさに身を以て体感していると感じるし、川島氏がイベントで語った、”Ingressの4つの原則”の①世界が舞台 ②動いて遊ぶ ③新しい視点から見る(気づかなかった場所に気づく) ④現実世界の友情を作る(協力しないと上手くいかない)という言葉にじわじわっと反応してしまったりもします。
数年後、この世界観が当たり前になっているのかもしれず、このような社会的実験に関われているのが楽しくて仕方がありません。

次のアノマリーでは今回のようにアグレッシブに動けるかわかりませんが、何らかの形で参加したいと思っています。

では!次のアノマリーで会いましょうーね!!!

2015年7月12日日曜日

昼ごはんが課題。

ちょっとですね、昼ごはんというか昼休みの使い方というか、そんなところから見直して会社に滞在している時間を楽しもうという試み中。
さらに、朝の時間を見直して余裕のある生活を!!!…というのを夢見てます。
が、なかなかうまくいかない。
マウントレーニアの必ずもらえるプレゼント、とか応募するために電車の中でコーヒー飲むんじゃなくってさ、家出る前に飲もうよ、私。

はい、こんにちは。

朝ごはんを食べる、ってのと昼のお弁当をつくる、ってことを先々月やそのまた前の月(4、5月)あたりはぼちぼちやっていました。
楽しかったし、美味しかった気がします。

…が、最近、雨の鬱々や、重たい湿気と、寝るのが遅かったりで全く作れていなかったり、またまた風邪を引き出したりと悪い虫が騒ぎ出したので、ちょっと自分なりに振り返ってみることに。
コンビニ菓子パンmgmg生活から抜け出したいのです(* ´ ω`*)

とりあえず、実験的に朝ごはんを作ってみた。(4、5月)

クリームチーズと蜂蜜とコーヒー。いぇい!糖質!!!

手に入れた板わかめ※とご飯。いぇい!糖質!!!
(※ 鳥取の名産。この記事を見て食べたくなり、鳥取の知人に入手のご協力をいただきました、多謝!)

パンとクリームチーズと蜂蜜とりんごとヨーグルトと牛乳。
パン焼き過ぎ、けど、うまうま。りんごは一週間以上放置していたけど食べれた!

凍らしたバナナをブレンダーで混ぜたアイスクリーム?
この記事見て作ってた・・・が、朝やるものではない。ティファールのブレンダーだとパワー不足なのか、散乱して大変でした。ミキサーを買ったらやってもいいと思います。


とりあえず、実験的に昼ごはんを作ってみた。(4、5月)

流行りに乗って、ジャーサラダとか作ってみた。ガラス瓶なんて重たいの持って行きたくないのでパッキン付きのタッパー。
一週間保管なんて怖いことはできないので朝作る。もうこの季節は難しいかなぁ。。。
ドレッシングが美味しくなくて、見た目のみ。

フレンチトースト。見た目はあれだが、こっちは美味しかった(* ´ ω`*)

はやり?のスープジャーなんかも…。
昨晩の残りのカレーをお湯で溶き、ご飯入れておかゆなかんじ。

サラダとベーコン(もといバラ肉)エッグ。これは美味しい。

そういえば。。。

6月もちょっと作ってた。


とりあえず、買い物いかなきゃ!!!
どうせ、3分くらいしか料理しないんだから、やろうよ、私!!!

人に晒して、見てもらって、やる気出して…、とか全くもって下らないが、振り返ってやっぱり楽しそうになってきたので、夏休みに入るまではちょっと作っていこうとおもいます。